写真の整理をやりました。
もうアルバムのセロハンに写真がべったりくっついていて、はがすだけでも一苦労。無理にはがして破れるぐらいなら、そのまままとめて写真に撮って保存しました。
写真アプリの「フォトスキャン」を使えば確かに綺麗に残せます。
でも、4点合わせて、角度調整して、保存して…正直、大量の写真を前にすると途中で嫌になります。
そもそも、写真って増えすぎたんです。
まるぶん不動産の子供時代は、まだ写真は特別なモノで、アルバムも整理できた。
80年代ぐらいから個人の写真も個人で大量生産していったと考えられます。
まるぶん不動産の子育て世代になると益々増えた。運動会、遠足、発表会、旅行。とにかく枚数が増える。さらに学校行事では、お友達のお母さんから写真をもらったりもする。まるぶん不動産が自分で撮影しなくても、事足りるぐらい。気づけば、誰も管理できない量になっていた。
子供もだけの写真じゃなく、遺品整理でも故人さんの若かりし頃の写真が大量でどうしていいか、子供達も困ってしまう。
そして今はスマホ時代。
孫の写真を、「みてね」のアプリで送られてくる。
いつでも見られる。職場でもつい開いてしまうぐらい便利です。
こんな、写真整理の苦労はしなくていい。
と考えると今の時代だけの片付けのお悩みですね。
でも、その便利さの代償って、「一枚の重み」が消えたことも考えられます。
昔のアルバムは、押し入れから出して、重たいページをめくって見返した。
でも今は、データが多すぎて、結局ほとんど見返さない。
写真を残しているつもりが、ただ保存しているだけ。
今回、どうしても処分しなければいけないモノは、とりあえず写真に残しました。でも、それも本当に必要なのかと思ってしまう。
まずは、パソコンには保存しました。USBで息子に渡そうかとも考えています。
でも、正直なところ、そのUSB、本当に見るのかなとも思います。
結局、残された側は困るんです。
何万枚もある写真データ。名前も日付もバラバラ。整理されていないアルバム。
「思い出だから捨てられない」で残した結果、最後は誰かの負担になる。
片付けの現場でも感じますが、今の時代、一番処分に困るのはモノではなく、“大量の思い出”なのかもしれません。

