昔は、家にモノがたくさんあることが
豊かさの象徴でした。
まるぶん不動産も子供の頃、おもちゃがたくさんある家が羨ましかったでしよ。
自分でもまあまあ買ってもらっていたにもかかわらず、欲が深いことですよね。
大きなタンス、応接セット、食器棚いっぱいの食器、来客用布団、贈答品。家の中にモノが揃っていることが「ちゃんとしている家庭」の証でもありました。
昭和の高度経済成長期は、とにかく「持つこと」に価値があった時代です。
昨日まで買えなかったモノが買えるようになる。
それだけで生活が前進している感覚が
あった。
ところが今は逆です。
モノが多い家を見ると、
貧困?に見える?
ドラマや映画でも貧困家庭の背景の
表し方は、モノが多めに表現してることもありますね。
「片付いていない」
「管理できていない」
「生活が詰まっている」
そんな印象を持たれることも増えました。
なぜ価値観は変わったのでしょうか。
まるぶん不動産は、この変化は単なる
片付けブームではなく、「家族」と「社会」の変化が大きいと思っています。
昔の家は、個人ではなく“家族全体”で
モノを管理していました。
祖父母がいて、親がいて、子供がいて、場合によっては親戚も近くに住んでいる。
誰かが掃除をし、誰かが保管し、
誰かが修理して使い続ける。
受け継いでいたのかもしれないですね。
つまり、モノを支える「人手」があった。
だから大量のモノを持てたのです。
ところが現代は、
・核家族化
・単身世帯の増加
・共働き
・高齢化
・地域とのつながりの希薄化
こうした変化で、モノを管理する人数が減りました。
しかし、モノの量だけは昔のまま
残っている。
それ以上、知らない間に増えてるとさえ感じられる。
これが現代の片付け問題の
正体の一つかもしれません。
さらに今は、何を残し、何を捨てるかを、全部「個人」で決めなければならない
時代です。
昔のように、
「家の習慣だから」
「親が決めるから」
という時代ではありません。
・親の家をどうするか
・写真をどう残すか
・嫁入り道具のタンスをどうするか
・思い出の品をどう整理するか
全部、自分で判断しなければいけない。
これは実はかなり大変なことです。
だから片付けは、単なる掃除ではなく、人生の整理に近い。
まるぶん不動産が現場で感じるのは、
モノが多い家というのは、
単純に「だらしない家」ではないという
ことです。
そこには、
捨てられなかった時代背景、
家族の歴史、
不安、
孤独、
そして長年の暮らしそのものが
積み重なっている。
だからこそ、片付けとは「ただ、モノを減らす作業」ではなく、
「これからどう生きるか」を考える
ことに繋がる作業なんだと思います。


