モノを捨てる時どんな気持ちになる。
まるぶん不動産は、お片付けの仕事をさせていただいている中で、捨てる時の気持ちって人間だからいだくんだな~って感じます。
「もったいない」
「まだ使える」
「高かった」
「いつか使うかもしれない」
そんな言葉はよく出てきます。
勿論、まるぶん不動産も同じ気持ちを感じることは
よくあります。
まるぶん不動産のお客様で、「これ、捨てますよ。」って提案したら「わかりました。でもかわいそ~。」ってセーターの処分をした方もいらしゃいます。
でも実際には、モノを捨てる時に苦しいのは、
モノそのものよりも、そのモノにくっついている“記憶”や“感情”だったりします。
昔気に入って買った服。
子供が使っていた学用品。
旅行のお土産。
誰かにもらったプレゼント。
使っていなくても、その時代の自分が
そこに残っている。
だから人は、モノを捨てる時に、
少しだけ過去の自分とも別れているのかもしれません。
特に多いのが、「これを捨てたら悪い気がする」
という感覚です。
親にもらったモノ。
亡くなった人のモノ。
高価だったモノ。
自分が頑張っていた頃に買ったモノ。
捨てるというより、“否定する”ような
気持ちになってしまう。
でも現場で感じるのは、モノを持ち続けることが、
必ずしも大切にしていることにはならない、
ということです。
押し入れの奥に何十年も入ったまま。
存在すら忘れている。
ホコリをかぶっている。
使われないまま空間だけを占領している。
それなら、「今までありがとう」と区切りをつけた
ほうが、そのモノも役目を終えられる気がします。
捨てることで、逆に記憶に残る場合もあります。
そして不思議なんですが、一度覚悟を決めて
捨て始めると、人は少しずつ表情が変わってきます。
最初は苦しそうだった人が、
途中から急に動きが軽くなる。
「こんなにいらなかったんだね」
「なんで今まで取っておいたんだろう」
そう言いながら、空間だけではなく、
気持ちまで軽くなっていく。
逆に言うと、モノを捨てられない時というのは、
心が疲れている時でもあるかもしれません。
判断力も気力も必要だからです。
だから片付けは、単なる掃除ではなく、
今の自分の人生を見直す作業なのだと思います。
何を残して、何を手放すのか。
それは、自分はこれからどう生きたいかを
選ぶことでもある。
心にも寄り添えたらと感じます。
まるぶん不動産は、片付けの現場でいつも思います。
人はモノを捨てているようで、本当は「過去」と
「執着」を少しずつ整理しているのかもしれません。


